混浴温泉露天風呂へ行こう温泉ニュース > 新穂高温泉「中崎山荘」が日帰り入浴施設「中崎山荘 奥飛騨の湯」で再開へ
2009年02月24日

新穂高温泉「中崎山荘」が日帰り入浴施設「中崎山荘 奥飛騨の湯」で再開へ

 岐阜県高山市奥飛騨温泉郷、新穂高温泉発祥の宿で、命名の宿でもあり、作家・井上靖の山岳小説の傑作「氷壁」に登場する「中崎山荘」が、国による蒲田川の砂防工事の領域にかかることになり2007年12月に取り壊されました。

 経営者の病気で宿の再開は断念しましたが、場所を川の対岸に移転して、来年の2010年1月から日帰り入浴施設「中崎山荘 奥飛騨の湯」として再開することになり、建設を進めているそうです。

 中崎山荘は1950年代前半に材木商だった故水波勝芳さんが設けた蒲田川沿いの作業小屋に、登山客が泊まるようになったことが始まりだそうです。

 1955年(昭和30年)、発電所建設のため150メートル上流に移転して当時の地名から中崎山荘と名付けて、宿泊施設として再開しました。川の中に温泉が湧き出ていたことから「新穂高温泉」と呼ぶようになったそうです。

 やがて登山ブームが訪れて、1960年代前半まで付近の宿泊施設は中崎山荘だけだったため、1日の宿泊客が90人に上ることもあるほど賑わったそうです。山岳遭難では捜索の拠点にもなりました。1960年代後半には山荘に温泉が引かれたそうです。

 1970年に新穂高ロープウェイができたことで、一帯には宿泊施設が増えました。近年は若者が登山から遠ざかり利用者は減少しましたが、常連客の足は途絶えなかったそうです。

 山荘が国による蒲田川の砂防工事の領域にかかることになり、取り壊されることが決定して、山荘は2007年12月に取り壊されました。

 移転することが決まりましたが、取り壊し前の同年8月に、勝芳さんの息子で現経営者の水波隆さん(62)が心筋梗塞(しんきんこうそく)で倒れました。

 幸い回復しましたが、家族は隆さんの体力を考えて、旅館経営の継続に反対しました。移転先に掘削してあった源泉を利用して、日帰り入浴施設「中崎山荘 奥飛騨の湯」として再開することになりました。

 隆さんは「今でも宿泊の問い合わせがあり、風呂だけでも入りたいとの声を聞く。登山者のおかげで今までやってこられた。これからも山から気持ちよく帰ってもらいたい」と再開に向けて意気込んでいるそうです。

 以前は新穂高のバスターミナルへ行くと橋を渡った川向こうに中崎山荘の建物がよく見えました。ここで日帰り入浴したことはありませんが、外にお湯が引かれていて無料の足湯と湧き水が飲める水飲み場がありました。足湯は2度利用したことがありました。お湯は少し硫黄の臭いがして白い湯の華があり少し熱めでした。

 取り壊されていたので新しく立て替えるのかと思ってましたが、砂防工事のためだとは知りませんでした。移転して日帰り入浴施設になって再開されることなり、新装オープンしたら入りに行きたいと思っています。おそらく条例などの関係で混浴露天風呂はないと思われますが、どんな温泉になるのか楽しみです。

□関連サイト
Nakasaki Sansou Homepage
新穂高温泉 - Wikipedia
□参考記事
「氷壁」の宿、灯消えず 奥飛騨の中崎山荘、移転し入浴施設で復活へ(中日新聞)
中崎山荘の灯消さぬ 『氷壁』登場登山客迎え50年 日帰り入浴施設で再開へ(東京新聞)
□関連記事
新穂高温泉「アルペン浴場」取り壊しへ



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posted by 混浴紳士 at 22:25 | Comment(1) | 温泉ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
遭難から50年、たいへんご無沙汰しています。神戸商大山岳部OBの中野です。青春の思い出いっぱいの中崎山荘がなくなったとのこと、寂しい限りです。遭難、ケルン建設、山小屋建設申請等、水波の親父さんには大変お世話になりました。おふくろさんにも、山の行き帰りいつも優しく接していただいたことが、懐かしく思い出されてなりません。小生も老境に至り青春の足跡めぐりに、近いうちに新穂高へ行きたいと思っております。その節はよろしくお願いいたします。
Posted by 中野道治 at 2011年03月18日 09:37
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